本当に今となっては懐かしいお話です。
僕は98年ドラフト会議の翌日、11月21日に松坂大輔さんと初めてお会いしました。
新聞記者の囲み取材の対応をしてもらったあと
抜け駆け?して横浜高校の最寄駅・能見台駅で名刺を差し出しご挨拶させていただきました。
僕にとってはデイリースポーツ入社1年目のシーズンで担当球団は巨人でした。
監督は長嶋茂雄さんでした。僕は阪神ファンでしたが、長嶋さんは本当にかっこよかった。
一目でファンになりました。
それは別の機会で話すとしまして、松坂大輔です。
プロ野球のシーズンが終わり、11月15日まで開催していた日米野球の取材も担当させていただき
なんと入社1年目なのに少しばかり英語をほんのちょっぴり話せるだけだったのに
そのシーズン66本塁打で目玉選手だったサミー・ソーサーの連載「サミー・ソーサ in Japan」を
担当させていただきました。まったく務まりませんでしたが、いい経験でした。
その大仕事を終えて、次のミッションはドラフトです。
ドラフト当日は当時は品川区・大崎にあった会社で下位指名選手で面白い人がいないかを探り
電話取材を一生懸命やっていました。
これからもジャイアンツに入ってくる選手の取材をするんだろうなと思っていたところ
デスクから「明日からお前、松坂担当な」とご指名。
そこからほぼ3年間、松坂担当として取材にあたることになり
僕自身の記者人生が大きく変わりました。
当時を振り返りながら週刊ベースボールさんに寄稿させていただきました。
本そのものは25日に発売され本屋さんに並んでおります。
11月30日に一部公開されたネット版を添付しておきますのでご覧になってみてください。
松坂大輔(1999年西武ドラフト1位)「平成の怪物」の忖度 本当に横浜が意中の球団だったのか? | 野球コラム - 週刊ベースボールONLINE
今となっては笑って振り返ることができる。ただ22年前、18歳の青年が直面した現実は容赦なかった。大人が、世間が、注目の若者から寄ってたかって搾取しようと群がる異常な…。野球専門誌「週刊ベースボール」がプロ野球・高校野球・大学野球・社会人野球・ドラフト注目選手の最新情報をお届けします。
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